・ キャプテンアース
キルトガングぶらり旅もひとまず終わり、新体制な2クール目ははハナちゃんメインから。
とりあえず望まれるままに肌色全開で節度を破壊した後、「私……みんなが思ってるほど便利な女の子じゃない!」と叫んで人工衛星砕きした。
後久しぶりに社長が出てきて、相変わらず微妙に切れもの風味の乗った道化っぷりを披露してた。

人格構成の面倒くささに定評のある遊星歯車装置ですが、白痴美全開の都合のいいヒロインッ面してたハナちゃんも、御多分にもれず面倒臭かった。
魔法少女が最初から面倒くさい要因として存在してた分、ヒロイン担当のストレスがドバっと溢れた感じやね。
ダイチが素直に動くので、隠された感情が溢れても、なんとかなりそうな強さはあるなぁ。

来週は、今回立った波風に一段落つける話のよう。
バクくんの話を見るだに、二話しっかり使って焦らず感情描写したほうがこのアニメにはあってる感じするなぁ。
さてはて、『本当のハナちゃん』はどんな子なんでしょうかね。

 

・ スペダン
OPもEDも変わらず、中身の方もいつものダンディ。
素晴らしい。
半年開いてやってきた14話は、宇宙ひもとパラレルワールドというSFらしい道具立てで、様々な世界のボンクラなダンディたちが一堂に会する、非常に碌でもないものでした。
素晴らしい。

あまりのヒドさに目をくらまされそうになりますが、沢山のダンディは作画が時代ごとの特長を異常に再現してたり、また大河原&樋口コンビにクロスボーンだったり重機動メカだったりデザインさせてたり、無駄に凝ってた。
動画は動くし、ワカメ影&金田ジャンプだし、カメラ回しすぎだし、破片飛び過ぎだし、やってることのろくでもなさと画面のリッチさが全く比例しない、非常にダンディらしい回だったと思います。
声優さんに関しても全部三人+ナレーションで回していて、アイドルが本職の佐武さんに圧かけすぎだとか、よっしんと諏訪部は流石だとか、石塚さんゴリラ声巧すぎだとか、いろいろ。

まぁ話のほうは本当に下らなくて、「色んなダンディたちが出てきて、なんかドタバタする」だけなんですけど。
でもその下らなさを飲み込ませるために作画のカロリーを異常に上げる方法論だとか、パラレル・ダンディのネタとしての切れ味だとか、高尚/下等という価値判断から一旦外れて、とりあえずフル火力で仕上げちゃおうぜ!! という暴走こそ、ダンディの特異性であり魅力な気がします。
ホントね、シューレデンガー星人だとか、イヤなダンディチームのイヤっぷりとか、ホントヒドい……素晴らしい。

今回のスタッフは二度目の谷口悟朗コンテ、作監はキャラデザ担当の伊藤嘉之とその相棒、稲留和美。
アクションシーンのレトロなテイスト、誰が出してたんだろうか……。
半年の感覚が開こうが、ダンディは相変わらずダンディであることを痛切に思い出させてくれた14話でした。
素晴らしい。

 

・ 月刊少女野崎くん
堅実で叙情性溢れる仕事で、優良スタジオとしての地位を着実に築いている動画工房の新作は、変人男と純情少女のドタバタラブコメ。
ダブル主人公をじっくり見せる展開で、笑いを取るシーンの切れ味も良く、野崎くんのボケっぷり、ちよちゃんの可愛さ、ともに活き活きと見せてくれました。
やっぱ凄いなぁ、動画工房。

"変人男と純情少女のドタバタラブコメ"つー基本的な構図はスタジオの前作"未確認で進行形"と同じなのですが、都心と北陸という舞台の違いを美術一枚でしっかり見せていて、パッと見の印象で既に「ああ、違うな」と思える辺りすげーわ。
中身の方も野崎くんの変人っぷりにちよちゃんが突撃しては粉砕されていく、一種の天丼で笑いを取るギャグ強めな味付けで、此処も全然違う。
つーか別の作品なんで、ジャンルと制作会社が同じなら同じになるわけねぇだろ!!(自分にジャブ)

さておき、千代役の小澤亜李さんは新人なのに、上がり下がりの激しいキャラクターを一途に、可愛く演じておられ、すげーいいじゃない! と興奮してしまった。
野崎くんが結構人間の心判らない系男子なので、千代ちゃんが百面相しながら暴れまわることで話の動きができる構図だと思うのですが、お話の起爆剤として百点満点の仕事をしていました。
そこら辺を受けきって、笑いやときめきに変える野崎くん&中の人な中村さんの描写もグッド。
キャラクターの初期配置が相当いいんだな、このアニメ。


"ばらかもん"でもそうだったんですが、漫画執筆業という仕事の描写を細かく、積極的に入れることで、日常描写のアクセントにしているのがいいと思います。
大多数の人間が漫画家や書道家の仕事(というか、自分の仕事以外)にはぼんやりとしたイメージしか持っておらず、そこをクリアに丁寧に描くと、日常の粒が立ってくる印象を受けます。
とか偉そうに言ってますけど、自分それがほんとに『リアル』かどうか判別できるほど、漫画家の仕事のこと知らんのですけどね。
ただこのアニメの漫画家要素は、ズブの素人をぐっと引き込む一因に、しっかり演出できているという印象を受けました。

作中劇の扱いも巧くて、しっかり笑わせる展開だし、野崎くんの漫画家としての実力も見える。
宮野さんというメインクラスのアクターを、ケチらず使うところとかすげー好きです。
現状野崎くんとちよちゃんのキャッチボールだけで話が進むので、漫画にカメラが移ると空気が変わる所も、なかなか便利かなと。
会話のキャッチボールだけでも面白いけどね、このアニメ。

笑えるだけではなくキュンキュンするのも、コメディ要素のあるラブロマンス(もしくは、恋愛もするコント)としては重要な所。
自転車二人乗りのところとか、ぐわーって笑わせつつもニヤニヤ出来て、とても素晴しかったと思います。
少女漫画的心理描写をメタに笑い飛ばしつつ、主人公たちもその内側に組み込まれてるっていう図式は、個人的に凄く面白い。

とまれ、笑ってキュンキュン出来る、素晴らしいコメディでした。
キャラも立ってるし、作画は美麗だし、演出の切れ味は鋭いし、今後への期待がどしどし膨らむ。
来週以降キャラも増えるようですし、いやはや楽しみですね。

 

・ 少年ハリウッド
アイドルアニメ戦国時代に殴り込みをかけた、濃いキャラデザが特長な超直球勝負、青春ド真ん中男性アイドルアニメ。
一話の仕上がりが凄まじく、途中から正座して見てた。
ネタ要素がかなり強烈なのに、青春の爽やかさ、群像劇としてのキャラ紹介、少年たちの複雑な内面など、すべての要素を欲張りに盛り込んでなおスムーズ。
すげぇアニメが始まったぜ……。

第一話を簡単にまとめると、「アイドル劇場"東京ハリウッド"でデビューすることになったカケルの、まだ何者でもない目を通して、アイドルを描写する」という回だったと思います。
この「アイドルとはなにか」にいきなり切れ込んでいくスタイルがかなり挑戦的で、なぜならば、夜のアイドルアニメはほとんど、実は三次元アイドルのコアな部分を丁寧に避けて話を進めるからです。
例えば部活系の延長という形でより一般性のある青春期の話にしたり(アイカツ・ラブライブ!)、演出のスケールを大きめにしてネタの力でとにかく引っ張ったり(うたプリ)、プレイヤー-アイドル間の恋愛シュミレーターとしての要素を混ぜたり(アイドルマスター)、先行作品はアイドルのことを知らなくても、他にフック出来る要素を作っています。

少年ハリウッドもまた、十代の少年たちがアイドルとして何かをつかむ青春の話であるように思え、実際そのサインはすごく丁寧、かつ上手に出されていました。
ぼんやり系、ヤンキー、腹黒ショタ、ドルヲタ、アーティスト。
凸凹した個性を持った少年たちが、未だ自分たちもよくわかっていない"アイドル"という世界に飛び出していく。
話の骨格だけで面白そうだし、その骨組みにくっついた描写が、すごく丁寧でコアな部分に触りまくりなのです。


第一話なので、登場人物と、彼らが飛び込む世界を書くことが大事になります。
世界を見せるシーンとはつまり、僕らが初めて見る彼らの"努力"である、ヘンテコで痛い自己紹介の練習シーンです。
「恥ずかしいアイドルの仕草を、恥ずかしいと思ってやっていると、世界で一番無様」という社長の言葉通り、レッスンを始めたばかりの五人の自己紹介はぎこちなく、カッコ悪いです。
しかしレッスンを終えたシュンの自己紹介は、恥が抜けて"形"みたいなものが見えてきている。
一般的なアイドルのイメージの一つ"なんか恥ずかしい"をしっかり受け止め、等身大のキャラクターを見せて笑いを取った上で、"努力”の結果でそのイメージを別のものに変える手腕は、とてもスムーズなものでした。

その上で、自宅でカケルが"なんか恥ずかしい"自己紹介を窓ガラスを鏡にして練習し、一瞬"形"を掴みかけ妹に突っ込まれて正気に戻るシーンは、一回奪った一般的なアイドルイメージをもう一度視聴者に返すシーンであり、アイドルのイメージが視聴者―製作者間で往復している構図です。
メインテーマであるアイドルの一般イメージと、作品で肯定したいイメージ両方を一話の中で描き、作中人物に体験させることで、視聴者にもつい体験させるための、イメージの往復運動。
この往復運動はアイドルを”なんか恥ずかしい”と感じている視聴者にこそ刺さるものだし、こういうやりとりを挟むからこそ、先行作品が持っている派手なフックを排除しても、ぐいっと引き込む力が生まれていると感じました。

他にも巧いシーンは沢山あって、電車の中でのカケルとマッキーの会話シーンは「アイドルと自意識」というテーマを先取りして掘り下げると同時に、彼らの心安い距離感を活写してました。
「チラチラ見られるのは好きじゃない」マッキーがセンター=一番見られる位置というセッティングは、立場と内面の矛盾、その解消に因るドラマを既に感じさせます。
あと俺……ああいうキャフフ嫌いじゃないっていうか好きだぜ、相当……。

テーマの先取りという意味では、グループ結成の餞別に社長が声をかけるシーンも、各キャラクターの長所と問題点、その克服方法まで一話で見取り図を作ってしまっており、同時に『ヘンテコなことしか言わないが、常に真実を見抜き、熱意もあるメンター』としての社長への信頼感も作ってしまうシーンで、凄く巧い。
自分は見取り図がクッキリ見える一話がとても好きで、それはつまり一話に結論にたどり着く要素を組み込むことで、物語の基本形である「行きて帰りし物語」という安定感のある構造を確信できるからです。
多分、このアニメは社長が白背景で偉そうなこと言うあのシーンで言われた問題を回収し、解消する形で進んでいきます。
そういうシーンが既に一話にあるのは、凄くいいことだと思います。

今後の展開の予感としては、課題曲を貰った少年ハリウッドを移しつつ、各々の日常を描写するシーンの使い方もうまかったです。
両親の前で歌を披露する、恵まれた子供であるキラ。
ロック雑誌を見ながらイヤホンで曲を聴きこむ、アーティスト気質なシュン。
児童養護施設(?)の仲間の前で歌を披露するミィには、それを聞いてくれる両親はいません。
硬球とかつてのヤンキー仲間の写真を横目に、一人考えこむマッキー。
そして、アバンのナレーション通り、ごくごく平凡で何もない存在として、窓ガラスを鏡にして初めて自分の姿を見るカケル。

キャラクターたちが持っている要素を高密度で見せながら、彼らが何と戦っているかを予感させるこのシーンは、すごく印象に残りました。
さらに言えば、此処で表現されている各キャラクターの個性が凄くバラバラで、統一感のないところがいい。
バラバラだからこそそこが縮まるダイナミズムがあるし、ドラマを予見させてくれる。
子役として両親に期待されたキラと、家族の影が見えないミィの対比とか、匂いだけでむっちゃワクワクする。
このように、一今後の展開への期待感を煽り、キャラクターの個性をスムーズに紹介していく手腕は、非常に鋭く的確でした。


上記のシーンは『アイドル文法のない大多数の視聴者を、青春群像劇というドラマを予感させることでどうフックしているのか』という部分の説明なのですが、それだけで終わってないのが、このアニメにガツンと持って行かれた部分です。
堅牢な骨格に乗っかっているコアな部分、『アイドルとはなにか』にいきなり切れ込んでいく、迷いのない踏み込み。
このアニメは置いてけぼり覚悟で、話の核心になる部分を一話からかなり前面に出しておるのです。

社長は基本寝言しか言わない割に、その実正解しか言ってないという特性を持ってます。
ラブライブ! で言うと穂乃果が持ってた『無条件に真実を一発で確保する』という才能で、こういうキャラが居ると話の展開に突破口ができやすくなります。
ラブライブ! の場合は穂乃果を主人公に据えることで、必要なタイミングで常時正解を選択し続け、話の軸をぶらさず高速で走っていましたが、このアニメの場合正解担当は指導者役です。
なので、社長のワケワカンない語録をまじめに聞いて、そのとおりに動けば話は正解に近づいていくわけです。

その社長の発言を拾ってみると、いろいろ面白いところが見えてきます。
「できているのはキラだけ、でもそのステップには可愛げが全然ない(≒アイドルダンスに必要なのは、技術よりも魅力)
「アイドルの個性は、人から決められたものの中でこそ輝くんです(≒造っていないアイドルなんていない。イメージが大事)」
「一見古臭く聞こえるフレーズが、新しく輝き出す日が来ます(≒使い古されたアイドルのイメージをただなぞっているだけでは、一生輝けない)」
「意味のわからないまま磨くんです。やらされているうちは哀れかもしれませんがね(≒自分からアイドルのイメージを完遂出来るようになれば、哀れさはどこかに行ってしまう)」

このように、製作者サイド(特に原作者にしてシリーズ構成、脚本の橋口いくよさん)の「どうしたらより良いアイドルになれるのか」「より良いアイドルとは何なのか」というイメージが、細かく具体的に社長の口から語られているわけです。
このアニメはアイドルがテーマですから、この社長の発言は「どうしたら自己を実現できるのか」「お話をより良い形で完成させるには、何をしたらいいか」をも示唆しているわけで、これもお話の青写真を見せている部分だと思います。
少年ハリウッドの子たちは様々なことに悩むのでしょうが、仲間や社長の言葉を受けて、見事に羽ばたいていくのではないかと、強く期待しています。

社長の発言の中でも、「アイドルの個性は、人から決められたものの中でこそ輝くんです」はアイドルの捏造性に突っ込んでいったいい台詞だと思っていて、「中で”こそ”」が「中で”だけ”」じゃないのが凄い。
この発言は、アイドルの個性とは虚像であるけれども、完璧な嘘ではなく、ファンの望むイメージという”嘘”と自己の本性という”本当”が背中合わせになった奇っ怪な構造を持っていて、かつファンイメージ主導の特性を持っている、という指摘なのです。
であれば、ファンイメージだけを背負って嘘をつき続けても、ファンの望まない自己の本性だけを表に出しても、アイドルとしては破綻してしまう。
今回のサブタイトルが「僕たちの自意識」なのは、本当に鋭いと思いました。

個人的には初代少年ハリウッドの踊りと、二代目の踊りがしっかり違う(初代のほうが古くてダサい)ところとか、リズム感のないマッキーの踊りがきっちりワンテンポずれてる所とか、細かい身体表現凝ってるなぁと思いました。
ヤンキーでリズム感のないリーダーって中居くんも出るかなぁとか、子役からアイドルってのは大島優子リスペクトかなぁとか、無意味に三次ドルに繋げたくなる細やかさ。
そういう細かいところに神経行ってるのは、ほんとすごいと思います。


そんなわけで、ファンタジー成分少なめで立ち上げつつ、丁寧に大多数の視聴者のアイドルイメージを理解し、操作し、説明することでメインテーマを自然に飲み込ませてしまった、凄い一話だったと思います。
無論主題だけではなく、キャラクターの魅力だとか、世界観だとか、お話の大体の形だとか、出だしで見せるべき部分はほぼすべて盛り込まれていました。
このアニメ、凄いですよ。
ぜひ見ていただきたいです。